No.202
結婚して20年。未だに私を自分の思い通りに支配する母親との関係に、
ほとほと疲れ果ててしまいました
Y・Kさん(43歳) 夫 子供ふたり(長女は大学のため上京中)
2005.10.26

 吉永先生にしかいえない私の矛盾を聴いて下さい。
 私は大学を出てすぐに見合いをして結婚。それからもう20年です。私は大家族に育ち、母の苦労をいつも見てきました。母は祖母や伯母に気を遣い、いつも不機嫌で、さらに私を従姉妹たちの間で一番いい学校に進ませ、一番いい人と早く結婚させることを生きがいにしてきました。それが危うくなると、例えば試験が悪かったとか、大学時代に恋愛したとかに対しては、すごい暴力を振るわれました。小さい時はただ恐ろしく、体が大きくなっても母に常に殴られたり蹴られたりするのが自分でも情けなく、合法的な家出のつもりで当時の彼とは別れ、今の主人と結婚をしました。
 私なりに結婚生活には夢がありました。子供たちには絶対に手を上げず、自主性を尊重してあげようと心に決めてきました。夫には、グチを言わずに、しっかり内助の功を勤めるつもりでした。義母と同居しましたが、必ず義母をたて、義母も私を自慢の嫁だと言ってくれました。つまり、母を心から軽蔑し憎んでいた私は、母とは逆の女性になりたかったのです。

 ところが、想定外のことが起きてしまいました。義母が認知症になってしまったのです。私は5年ほど一生懸命介護しましたが、どんどん悪化し、結局、限界を感じて施設に入居することになってしまいました。その施設は本当に家族的で素晴らしいところで、私と毎日2人で家にいるより義母はずっと楽しそうです。それは安心なのですが、私の苦しみはそれから始まりました。
 母は祖母を100歳まで自宅で介護しました。祖母はしっかりしてほとんどボケなかったのですが、母は相変わらず祖母を時々虐待しつつも、とにかく100歳まで介護し、みんなに褒められているのです。でも、私はその点、母に負けてしまいました。かといって義母をもう一度家に帰すのはできないこともわかっています。これから、何かあるたびに「姑の世話もできないくせに! 私はあんたよりずっと苦労してるんだから!」と言われるのが悔しくてたまらないのです。
 結局、私と母の間には思いやりとかぬくもりとかは一生ないのだと思います。結婚しても、子育て、親戚付き合いなど、いつもどなりこんで文句を言う母に怯えて振り回されてきました。とくに更年期の時は妄想がひどく、どんなに私も苦しんだか……。去年、子供が受験に失敗した時は、すべて私のせいだと言われ、「私はあんたをずっといい学校に入れたのだから私の勝ちだ。私のしたようにしなかったから悪い」と言われました。
 私はこれからもずっとこんな生き方しかできないのでしょうか。常に母の影に怯えて見返すことだけを考える人生に疲れてしまいました。
 
似ているから反発するのかも。お母さんを変えようと思わず
あなたから思いやりを持って歩み寄ってください
 もしかしたら、私には答える資格がないのかもしれないなあ……と思っています。 何しろ『母と娘の40年戦争』などという本を書いてしまったくらい、母親とはうまくいかないままだったのですから。私が42歳の時に、母は82歳で亡くなりました。つまり、物心がつかない2歳ぐらいまでを除くと、丸ごと母と格闘してしまったわけです。

 だから、あなたの突っ張りは、 まさに私の突っ張りであり、その気持ちはよくわかります。きっと母親の資質も似ているのかもしれません。 勝気で、世間に評価されるために必死に子供の尻をたたき、それがうまくいかないとすさまじく不機嫌になる。自分自身もがんばりやで、兄弟の間で常に自分が一番でいたいし、それを周囲にアピールもしたい。 子供さえも、みんなに一目置かれる存在でなければ我慢できない。

 私の場合、肉体的に暴力は振るわれることはなかったけれど、 幼くして亡くなった姉と常に比べられることで、精神的には相当ダメージを受けたような気がします。

 私とあなたが違うのは、あなたはまだ若くて、お母さんも健在だということです。だから、苦しみが続くのだ!とあなたは思うかもしれないけど、亡くなってみて初めてわかることもあってね。

 ああすればよかった、こうしておけばよかったと思うこと、後悔も深い。 なぜ、こうできなかったのだろう、なぜ気がつかなかったのだろうと思うことがけっこうあって、 自分が子供を持って、やがて子供で苦労したりすると、母親の寂しさもやっとわかったりするんだよね。母親が亡くなってしまってからではすべて手遅れなんだけど、あなたはまだお母さんが健在。私のように、関係修復できないまま消えられて、 その後もずっと引きずってしまわないですむ可能性はまだあるっていうこと。

 自分にできなかったことを、人にアドバイスするのは心が痛むけど、だからこそ聞いて欲しいという気持ちもある。

 私は、ずっと母親のことを嫌いだと思ってきたけど、その対象がいなくなってしまった時、きっと母親のことをとっても好きだったのだろうと気がついたのです。目の前にいると、素直になれないけど、仏壇の中の母親には素直になれる。

 母が生きている時に、「あなたってお母さんに似ているね」と人に言われると、逆上していたけど、冷静に考えるとけっこう似ていたのかもしれないと思ったりする。

 まったく正反対の性格だったら、 笑ってすませられること、気にもならないことが気になっちゃうのも、資質が似ているから。ほら、磁石でもプラスとプラス、マイナスとマイナスは反発しあうでしょ。

 お母さんは、とってもがんばる人みたいだね。きっと、 大家族の中の嫁として生きてきて、それでも一生懸命尽くして、その努力がまったく評価されなかったというモヤモヤを、ずっと自分の中に押し込めて我慢してきたんだと思う。でも、人間だもの、認めてもらいたいよね。自分がどうがんばってもダメなら、あなたに自分の鬱屈を解消してもらいたかった。

 あなたが自分を認めないすべての人に対する武器だったわけよ。 だから誰にも負けてはいけなかった。その願いが叶わないと、あなたに当たるというのは、ある意味では自分で自分に噛みつくような面もあったかもしれないね。

 あなたが目の前にいなくなってしまうと、成長過程のさまざまな軋轢で、あなたとのあたたかい関係が持てない寂しさが、あなたより自分の方が優れていると認めさせようとする。認めさせることで、辛うじて母親の体面が保てるから。

 あなたは、絶対母親のようになるまいと、必死になって母と正反対のことをしてきたわけだけど、そもそも必死になって反対のことをして、 それを成功させ、母のことを見返してやりたいとがんばることが、実は母親にそっくりなんだよね。

 母が姑を100歳まで介護したから自分はさらに負けずにがんばろうと思うのは、姑への愛情というよりは母親への意地。認知症になって、母親の介護歴に負けたと悔しがるということは、実は母親が自分より苦労したということで勝っているからでしょ。母親に何も言わせない!と気を張り詰めているから、きっと表情もきつくなってしまってないかな。

 結局、あなたは(私もだけど)、母親の影から逃れようと必死にもがいているのに、いつのまにか同じ土俵に乗ってしまって、客観的に見れば同じことをしてしまっている。

 今になって思うんだけど、母親の影から解放されるには、母の影から逃げたり、反対のことをして否定したりするのではなく、影を消すしかない。影を消すには、実体に近づき、飲み込んでしまうしかなかったんだよね。

 母親を否定するのではなく、受け入れる。母がなぜこのような母になってしまったのかという背景ごと、認めてしまう。苦労を理解してあげる。絶対負けたくないと力でねじ伏せるのではなく「いや、やっぱりお母さんはすごいね。 私にはとってもまねできないわ」と拍手してあげる。

 祖母や伯母や、もしかしたら夫にまで褒めてもらえなくて、実の娘にも「よくがんばったよね。えらいね」と言ってもらえず、こうなれば、徹底抗戦して自分が一番と認めさせるしかなくなっちゃう。突っ張ることで自分の存在を確認するしかない。

 私はずっと楽になりたいと思ってきた。楽にさせてくれないうるさい母を憎みつつ怯えてきたけど、間違いだったと今は痛烈に感じている。楽になりたいと思うなら、母親を楽にしてあげればよかったんだよね。報われないままの苦労を抱えた気持ちに、少しでも寄り添おうとする優しさが私にあったら、母の気持ちは溶けたのだと思うと、やりきれなくなることがあるのです。

 思いやりとかぬくもりは一生ないなんて、思わないで欲しい。母親に思いやりとぬくもりがあったら、自分も思いやりやぬくもりを持てるというのではなく、あなたが先に思いやりとぬくもりを持ったらいい。

 お互い、相手が先に態度で示せ!と同じ対応をしていたら、ずっとにらみ合ったままで終わる。年が若くて、長く生きるほうが、歩み寄らないとね。母親が先に変わるべきと自分中心に考えていると、母親に死なれちゃって、ぽっかり心に空洞が残ってしまうよ。