No.207
夫が原因で不妊治療中なのに、セックスレス状態に……。
このままでは子供も望めないし、将来が不安です
M・Kさん(35歳) 夫
2005.11.30

 結婚5年目で、仕事を持っている主婦です。結婚2年目に病院で検査をしたところ主人に原因があり、自然には子供を望めないことが判明しました。いわゆる男性不妊というのですが、それ以来、我が家は不妊治療を続けています。不妊治療は精神的にも肉体的にも、女性にはかなり負担になりますが、今も子供は授かっていません。
 子供を持つことは私の夢でしたが、私も年を重ね、だんだん可能性が狭まっていく現実とも向かい合っています。もともと、セックスに対して淡白な夫でしたので、男性不妊がわかった時はやはり、という気もしました。そして治療を続ける中で、私の方も夫を男として見ることができなくなってしまいました。そしてセックスレスが続いています。

Photo by Norihiro Mita
 こうして女性としての幸せ(セックスそのものや、その結果として子を持つこと)を持てないこれからの人生を考えると、寂しい気持ちになります。よほど離婚してしまった方が幸せなのではないかと、時々考えてしまいます。夫は、家事も比較的協力的ですし、ルームメイトのような、友達のような関係で、夫としてはいい人なのだろうなと思いますし、周囲からは仲がいい夫婦と思われていると思います。ただ、今後の人生をひとりぼっちで生きていくのも寂しいし、不安です。
 35歳になった私が今更離婚して、次の伴侶と出会えるのかどうかわかりませんし、ただ一人になるのは嫌なのです。離婚後の職場での居心地も気になります。社内には私より年上の独身女性も何人かいますが、女性としてはギスギスしていて、同じように見られるのは嫌だなあなどと思ってしまいます。でもこうして、ずるずると35歳になってしまった自分を考えると、もっと早く決断できていれば、違う出会いがあったのかもしれない……などと考えてしまうのです。
 毎日、何事もなく過ごすことは出来ています。だから、今以上を望むのは贅沢なのかもしれません。わがままなのかもしれません。でも、女性の幸せってなんだろうって、考えてしまうのです。どうかアドバイスお願いします。
 
女の幸せを固定的に考えすぎていませんか?
人生で一番大切にしたいものは何かをじっくり考えてください
 女性のしあわせってなんだろう……この質問を投げ始めたら、まず答えはみつからないんじゃないかな。ずっと昔は“女の幸せ”という幸せが確かに存在したんだと思う。やさしくて経済力があって、できれば見場もよい夫と結婚し、子供にも恵まれ、奥さん、お母さんとして家族を支える喜びが“女としての幸せ”ってことだった。

 これは女性が決めたのではなく、社会が女性に役割として求めたこと。夫がひどいヤローで、お金は入れないわ、浮気はするわ、子供にも恵まれないわってことになると、不幸な女の一生ってことになる。こういう幸せ感って、思い切り受け身というか、他力本願だよね。

 視点を変えれば、女性の幸せというのは、女性の生き方をこの方向のみに縛ることでもあったんだと思う。 幸い、現代の女性は、女の幸せに縛られることなく、自分の幸せを求めて生きていける。でも、 そのためには自分が何を求めたいのか、 自分にとっての幸せは何なのかを自分でしっかり考えて決めなければならないんだよね。

 あなたは、夫との関係で、何を一番大事にしたいの? 子供がいなければ、この人と一緒にいる意味はないの? 不妊治療は、とりわけ女性には辛いけど、 男性だってやはり平気ってことはないはず。しかも、夫に原因があるということがわかっているんだから、余計に複雑なんじゃないかな。

 女性に原因がある場合、何が辛いかといえば、無意識といえども夫の態度に非難めいたものを感じる時だと思う。子供が欲しいという気持ちが強いと、 つい相手の悲しさに思いを馳せる余裕がなくて、「あなたのせいでこんな苦労を……」「君のせいでこんな思いをしなければならない」と感じてしまう。

 でも、病気になった人に、なんで病気になったんだって責めるようなもの。子供ができにくいということで、男としてみることができなくなってしまうということは、立場を変えて、もしあなたに不妊の原因があった時、夫があなたを女としてみることができなくなってしまうということだよね。それじゃ、生殖能力だけで、相手を見ているってことにならないかな。

 さまざまな事情で子供を持てない夫婦は、寂しいのだという固定観念をちょっと外して考えられないだろうか。子供を持てなくても、その分ふたりの時間を大切にして、とっても楽しい人生を送っている人もいれば、子供に恵まれたのに心がまったく通い合わずに悲しい夫婦もいる。子供さえいれば楽しい、子供がいなければ女の幸せが得られないというのは、ちょっと違うと思うよ。欲しくても手に入らないものはたくさんあるし、それを追い求めるあまりすでに手にしている幸せを粗末にしてしまうことだってある。

 女の幸せの中には、子供を持つ幸せばかりではなく、子供がいなくても十分に幸せという道もある。子供がいたから失うものも、子供がいなかったから得られるものもある。

 要は、あなた自身が何を最も大事にするか決めなければ、ずっとないものを追いかけ、得られないことに不満を感じながら生きなければならないってことになるよね。

 もし、あなたがどうしても子供がいなければ幸せになれないのなら、そして今の夫とでは子供に恵まれないのなら、 一刻も早く別れたらいい。 35歳になった私が次に誰かと出会えるかどうかわからないから……というのはずるいよ。 次が見つかるまで、 しようがないから夫と一緒にいて、見つかったらハイさようならと別れるのが理想?

 子供がどうしても欲しい。そのためには子供が作れる人を探す。本気でその道に賭けるなら、格好の相手が見つからないかもしれないというリスクを負う覚悟をしなきゃ。社内の年配の独身女性がギスギスしていて、同じように見られるのはイヤだなんて言ってる場合じゃない。独身だからギスギスしていると考えるのは、偏見だってば。離婚して、職場での居心地が悪くなろうが、そんなことは自分の求める幸せの前では “ヘノカッパ” という開き直りがなければ、この先、ずっと後悔ばっかりしながら生きていくことになっちゃうよ。

 どうもホンネは、 次の伴侶さえみつかる確約があれば離婚したいということのようだけど、その前に、 今の伴侶のことを考えようよ。 子供ができないということの他は、 どこが問題なの? 周囲から仲のよい夫婦と思われているというけど、あなた自身は、仲がいいとは思わないの?  子供がいなかったら、一緒にいる価値がない人なの? 夫ともっといい関係を築く気はないの? 子供がいないことに欠損感を感じるのではなく、その分を何かふたりの共通の楽しみを見つけて、人間的なつながりを深めていこうという気にはなれない?

 どうも、 子供ができないこと=夫婦として成熟できないという思いが、あなたに強すぎるように感じる。 子供ができないことを前提に、幸せを構築できるかどうか、よく考えてみてほしい。そうしないと、本当は離婚して、他の人と子供を作りたかったのにできなかったという後悔の一生になっちゃう。離婚しても、夫にも子供にも恵まれなかったら「これなら別れなければよかった」と後悔することになっちゃうでしょ。

 「決断ができずにずるずる35歳になってしまった。もっと早く決断していれば、夫以外の素敵な人との出会いがあったかもしれない」

 あなたはこう言っているけど、ちょっと冷静に考えるとね、決断ができないということは、ある意味で別れないという消極的な決断をしているというということでもあるんだよね。本当に別れたいと思ったら、出会いがあろうがなかろうが、ひとりぼっちになろうがなるまいが、 とにかく可能性に賭けたいと思うんじゃないかしら。

 安全保障付きを求めるから、踏み出せない。安全保障というのは、少なくても今よりもっと幸せになれるという保障でね。そんなの、ありえない。すべてを失うかもしれない。 でもそうするしかない。人が離婚する時は、そのくらいの覚悟がないと踏み切れない。覚悟もないままに、離婚できたらもっと幸せになれるかも……と考えるのは、 単なる現実逃避で時間の無駄。そんなヒマがあったら、どうしたら夫と結婚してよかったと思えるだろうかと考える方が、 ずっと建設的だと思うけどね。