No.226
人は親切にしてあげたほどには、人は感謝してくれません。
それで人を信じられなくなりました。彼氏のことも不安です
Y・Nさん(25歳)、両親、妹
2006.4.26
 私は今、自分の将来に悩んでいます。
 昔から、人にお人よしになりすぎてしまい、よく裏切られたような気になります。別に見返りを求めているわけではないのですが、いつも私は誰に対しても一生懸命に努めています。相談されたらすごく親身に話を聞き、一緒に考えて解決してあげたいと思うのです。
 ところが、いつも十やってもその分返ってこないことが多く、そのあと人間不信になります。相談者のために一生懸命やってあげても、例えばその他大勢の人にも同じことを相談していたりして、結局やってあげる意味がなくなっていたりして、すごく落ち込んでしまうのです。それ以来、親友と呼べる友達を作るのも辞めました。
 でも、もともと人に接することが好きで、人に親切にして感謝をされることに幸せを感じてしまいます。身近な人にも、もちろん親切にしますが、いつも返ってこないので「自分が我慢すればいいや」と思うことが多く、自分を犠牲にしてきたこともありました。それは相手のことを思っているからなのですが、これも自分のお人よしが災いしてるいのではないかと思うのです。
 自分勝手にできたらどんなにいいことかって思ったこともありますが、どうしても人に対してそんなことできないのです。男性と付き合う場合も、今まではすごく適当でした。自分の夢に向かってがんばることで精一杯だったので、もし告白されても、嫌でなければつきあってしまうことが多かったのです。
 一時期、家のことや自分の将来のことが原因で、私は荒れてしまっていました。そんな時、今の彼と出会いました。彼も人に裏切られた経験を多く持つ人で、自分が傷つくのが嫌で自由奔放に人とつきあっていたようでした。私とつきあうことになったとき、「見ていられなかった」と言われました。いつものように人間不信に陥っていたからです。彼も私とつきあって、それこそ180℃人生が変わりました。そしてつきあって半年くらいしてから、プロポーズされました。その時は、このまま一緒に居れたら結婚してもいいかなというくらいでした。
 その後、いろいろなことがあって、お互い不器用ながらもつきあってもう2年半が過ぎました。今ではもしかしたら「運命の人」かなと思うようになりました。彼は私より(学年でいうと)2つ下です。大人な面もあり、子供っぽいところもあるのですが、私に甘えています。
 甘えてくるようになったのは、やはりプロポーズしてからですが、私もお人よしすぎるので、逆に彼を甘やかしていたと思います。私も悪いところはあるとは思うのですが、すぐには言えず我慢しすぎて貯めて、あるときそれを爆発させてしまいました。原因はお金のことです。彼自身も私に甘えているという自覚はあるのですが、「感謝してる」とか言いながらも、なかなか私に気持ちを返してくれようとしません。やはりまだ若いからということもあると思います。そうしていくうちに、最近また彼のことが信じられなくなってきてしまっています。実際、浮気はないまでも彼に裏切られたと思うことは何回かありました。
 さすがに彼もいくらなんでもそこまでしちゃいけないと思っているようです。だからお互い少し距離をおいており、いったん「別れよう」といわれましたが、すぐに彼から連絡があって、また少しずつですが会うようになりました。
 でも、少し前とは違う感じで、会ってもとてもぎこちなくなってしまい、セックスもしていません。彼も変わろうとはしているみたいですが、また信じられません。信じすぎて裏切られたらと思うとしんどくて、息がつまる思いです。
 まだしばらく見守っていたほうがいいのでしょうか? それと、どうしたらまた人を信じることができるようになるでしょうか?
 
自分の行為に見返りを求めないこと。それが無理なら、
他人との関にもう少し距離を持ったほうがいいと思います
 “お人よし”というのは、気がよくて、人の言いなりになってしまい、その結果だまされやすい人のことなんだよね。で、人に言われるままに何でもしてあげて、だまされちゃったりしているのに、本人は少しもそのことに気づいていなかったり、怒っても悲しんでもいない。それを見て周囲の人が「まったく、アイツはお人よしなんだから!」と心配するというのが普通のパターン。

 あなたは“お人よし”というより、どっちかというと何か人に親切にしてあげなければ……、困っていそうな人を見たら助けなければ……、と必死で頑張ってしまう習性を持っている人って感じかな。“お人よし”は求められることを何も考えずに何でもしてあげちゃうけれど、親切な人は、 求められることについ応じてしまうというより、こうしてあげたら喜ぶのではないかと自分で考えてあれこれ世話をやいたり、いつでも親身になって対応しなければと時間も使ったりする。一緒に解決してあげようと頑張る。

 おそらく、時間もお金も労力も使う。その使われたあなたの時間やお金や労力をどう考えるかってことなんだけどね。あなたは、見返りを求めているわけではないというけど、どこかに「こんなにしてあげたのに……」 という意識がとっても強いような印象を受ける。 「いつも10やっても、その分返ってこないことが多く、そのあと人間不信になる」って書いてあるでしょ。「人に親切にして感謝されることに幸せを感じます」というのも、人に親切にする行為そのものより、そんなあなたの思いに相手が十分に反応してくれることに幸せを感じているということだよね。

 たとえおせっかいと言われても、大きなお世話と文句言われようと、何か人にしたくなっちゃう人は、それで完結してしまっているから、相手の反応などおかまいなし。気にもしない。だからあなたみたいに、落ち込んだり、傷ついたりはしない。

 あなたが傷つくのは、 いつもあなたの期待に相手が応えてくれないからってことじゃないのかな。とっても人との結びつきや、気持ちの交流を求めていて、だから一生懸命に相手のために何かしてあげようと思ってない?

 つまりね、本当に求めているのは人の心で、そのために“親切”という行為を手段にして、必死に相手との幸せな関係を作ろうと頑張っているような気がするんだよね。でも、いつも相手は、あなたが望むような反応をしてくれない。だから、その度に傷つく。傷つきたくないから、他人なんてどうせこんなもんだ!と思おうとしたり、自分が我慢すればいいんだと諦めようとしたり。必死に気持ちのバランスを取っている。返ってくることを前提にしちゃうから、返ってこない現実を前に、苦しくなっちゃう。

 “一生懸命”とか“何かしてあげよう”という力の入った状態に慣れてしまって、普通のあなた、自然なあなたで他の人と接することがむずかしくなっちゃってないのかなあ。一生懸命になるから、相手が同じだけの一生懸命さであなたに接しないと、 何か損したような、 悲しいような、信じられないような気分になっちゃうんだよ。

 相手から何も戻ってこないのが当たり前。 勝手に親切にするのは私の趣味よ!と思えないなら、もうちょっと人との距離をとったほうがいいと思うよ。だって、いつもいつも「なんで私がこんなにあなたのためにしているのに、わかってくれないの?」という気持ちでいても、 いいことは何もないから。

 人に対して自分勝手になれないって言うけど、人と自分の間に何かしてあげるとか何かしてもらうという行為をはさまないでつきあうことは、決して自分勝手なんかじゃないよ。それぞれが、まず自分のことを考えて、ある時、何か共有できるものが見つかって、一緒に遊ぶのが楽しくなって、人は友だちになり、その中からいつの間にか親友と呼べる人が生まれてくる。

 親友と呼べる友達は作るのではなく、 できるものなんだよ。そんな肩肘張らずに、親切とか感謝とか張り切らずに、 まずあなた自身がもともと人と接することが好きだという性格を、楽にしてあげたらどうだろう。親切や感謝などが介在しなくても、むしろ介在しないほうが、人と自然に接することができるんじゃないかな。

 今の彼との関係も、結局、 「何かしてあげなきゃ」というあなたの習性が出てしまって、自分が与えたものに十分な戻りがないのではないか、と不安になってしまっている。だから信じていいのかどうかわからなくなってしまったんだね。

 あなたの努力や親切に、 どの程度応えるかで愛情を測ったり、信頼できるかどうかを探ろうとするのは、やはり順序が違うような気がするなあ。あなたが彼に注ぐ好意と、 彼があなたに持っている好意を秤にかけて、じっと傾き具合を見つめているというのは、そこからしか人間関係が築けないようで、ちょっと寂しくないか。信じたいという思いはあっても、信じられないから、いつも不安になってしまうのよね。

 どうしたら人を信じることができるのか……、あなたの必死な叫びのように聞こえる。人を信じたい。もっと言えば、人に裏切られたくない。人から悪く思われたくないという、あなたの人間関係への怯えのようにも聞こえる。

 まず信じられるかどうか確認して人間関係が始まるんじゃなくて、同性でも異性でも、気持ちが動いた時に始まる。壊したらいけないと、片方が必死にいろいろと相手を思って親切にしたり助けたりしても、それは一方通行でしかないのよ。だから返ってこないのは当たり前。お互いが、気持ちの中で相手を大切に思っていれば、関係は続くし、 発展もする。 その結果、 恋人になったり、 夫婦になったり、親友になったりする。どこかで気持ちがすれ違ったら、信じられなくなる。信じられなくなったら、付き合わなければいい。信じていた者が信じれらなくなると裏切られるということになるんだろうけど、それを怖れていたら、まず安全確認してから……となって、一歩も先に進めない。

 お金を貸すときは、返ってこなくてもいいと思う時。

 親切にする時は、感謝なんかされなくたって自分がしたい時。

 傷つくのを怖れていたら、信じられる人とも出会えなくなっちゃうよ。あなたの目で、あなたの頭で、彼が信じるに足る人間かどうかよく見てごらん。あるいは裏切られてもいいと思えるほど好きなのかどうか、自分の気持ちをよく見てごらん。